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新潟地方裁判所 平成7年(ワ)9号 判決

原告

林夏生

右訴訟代理人弁護士

味岡申宰

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

高尾吉郎

右訴訟代理人弁護士

川島英明

主文

一  被告は原告に対し、金一四八万八〇九三円及びこれに対する平成七年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  主文一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金七四四万〇四六八円及びこれに対する平成七年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告の従業員が原告にワラントの危険性について十分な説明もなく、売り渡したのは違法であるなどと主張して、使用者責任に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  基礎事実

1  原告と被告の関係

原告は医師であり、妻の林明里(以下「明里」という)を代理人として、被告新潟支店との間で株式等の取引を行っていた(争いがない)。

2  本件ワラントの購入

被告の新潟支店社員であった濱田敏之(以下「濱田」という)は、平成元年一二月五日、電話で明里に日本通運ワラント三七(数量一五万ドル。以下「本件ワラント」という)を原告名義で買うように勧誘したところ、明里は買受けを承諾した(争いがない)。

3  代金の決済

明里は、同月八日、被告の新潟支店に現金一八九万六五六二円を持参して原告名義の取引口座に入金し、同口座から本件ワラント代金として六七六万四〇六二円が出金された(記帳は同月一四日、約定日は同月五日。乙一、証人明里)。

4  本件ワラントが無価値となったこと

本件ワラントは、その後、日本通運の株価が権利行使価額を割り込んだまま権利行使期限(平成六年一一月中)を経過したため、無価値となった(権利行使期限につき、乙一〇。その余は争いがない)。

二  争点

1  濱田による説明義務違反等の有無

原告は、濱田が本件ワラントの購入を勧誘した際、次のとおり説明義務を怠り、また虚偽の説明をする等の違法があった旨主張し、被告はこれらを争う。

(一) 原告に対し、直接、ワラントについての説明をしなかった。

(二) 明里に対し、ワラントの商品構造、危険性等について、対面のうえ十分な説明をせず、ワラントについての説明書の交付を怠り、確認書の徴求を怠った。

(三) 明里に対し、ワラントが転換社債と同じようなものであると虚偽の説明をし、その旨明里を誤信させた。

2  損害の額

第三  争点に対する判断

一  説明義務違反等の有無について

1 証券取引は、その時の政治的、経済的情勢等により相場が形成されるものであり、投資者は自らの責任において投資による損失を負担するのが原則であるといわなければならない。しかし、一般になじみが薄く、リスクを有する商品を売り込むに当たっては、売主側では、信義則に基づき、相手方に商品の利点のみならず、危険性を十分に理解させることが要求されるというべきである。ワラントについていえば、ワラントは平成元年ころにおいても一般人にとってなじみが薄かったものであり、その価格は株式の価格に連動するが、変動率が株式より大きく、値下がりすると投資額を失い、さらに権利行使期間が経過すると無価値となるなどの危険性を有するものであるから、証券会社員としては、その勧誘に当たり、顧客に対し、十分な情報を提供すべき義務があると解するのが相当である。

2  本件について、証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、被告新潟支店と昭和四九年三月以降、株式取引等を多数回行っていた。明里は、台湾の師範学校を卒業し、同四五年以降、わが国で生活して、日本語の読み書きが十分可能な者であるところ、時期は必ずしも明らかでないが、遅くとも濱田が新潟支店に着任した平成元年三月以降、夫である原告を代理して被告新潟支店との交渉に当たっていた(乙一、四、一〇、証人明里)。

(二) 明里は、いずれも原告の計算において、日本通運の株式を平成元年六月二〇日に一〇〇〇株を単価一三四〇円、同年八月一六日に二〇〇〇株を単価一四三〇円でそれぞれ買い受け、同年一〇月二四日に一〇〇〇株を単価一五七〇円、同月二六日に一〇〇〇株を単価一七〇〇円、同年一一月二一日に一〇〇〇株を単価一七五〇円でそれぞれ売却して利益を挙げた。濱田は、日本通運の株式は大型株であり、値上がりしても利益が少なく、その点ワラントならば大きな利益が見込めると考え、同年一二月五日、電話で明里に本件ワラントを勧誘したところ、明里は買受けを承諾した(前記第二、一2の事実、乙一、一〇)。

(三) 明里は、同月八日、被告新潟支店に赴き、女子社員から「外貨建てワラントその魅力とポイント」と題するパンフレット(乙九)を受け取り、その際、女子社員の求めにより「ワラント取引に関する確認書」(乙二)に同月五日付けで原告名を記名し、捺印した。右パンフレットには、ワラントの意義、ユーロドル建てワラント売買の実例が記載され、「ユーロドル建てワラントの魅力」との見出しのもとにハイ・リターンを魅力として大きく紹介し、ハイ・リスクについて簡単に言及し、ドル高による為替差益を大きく紹介し、為替差損について簡単に言及し、その他売買の方法、行使期間が過ぎると価値がゼロになること等について説明記載がある(乙二、九、一〇、証人明里、同濱田)。

(四) 明里は、原告の計算において、日本通運の株式一〇〇〇株を同月二六日に単価一七〇〇円で買い受けた。その後、日本通運の株式の時価は低迷したが、明里は、原告の計算において、同二年一二月二六日に二〇〇〇株を単価七四五円で買い受け、同三年二月一五日に二〇〇〇株を単価八四五円で売却し、同六年一〇月二一日に至り、残り一〇〇〇株を引き取った。なお、日本通運株式の同年六月末における時価は七八〇円であった(乙一、六1ないし3、一〇、証人濱田)。

(五) 明里は、同二年一二月二六日、被告新潟支店から「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」と題する一体のパンフレット(乙五)を受け取り、その際、社員の求めにより「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙三)に同日付けで原告名を記名し、捺印した。右パンフレット中の外貨建てワラントに関する部分には、「ワラントのリスクについて」との表題のもとに、ワラントが期限付の商品であること、ワラントの価格が理論上、株価に連動するが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があること、外国為替の影響を考慮に入れる必要があることを傍線により強調した説明があり、さらに「ワラント売買の仕組みについて」との表題のもとに取引の仕組みについての記述がある。被告においては、同三年九月以降、ワラントを購入した顧客に対し、年二回、当該ワラントの時価を報告した(乙三、五、一〇、証人明里、同濱田)。

3  濱田の明里に対するワラントについての説明内容について、次のように各証拠間に齟齬がある。

(一) 濱田作成に係る陳述書(乙一〇)によれば、濱田は平成元年一二月五日、電話で明里に対し、ワラントにつき、①株を買う権利であり、予め権利を行使する価格が定められていること、②価格は、株価と連動して上下するが、値動きは激しいこと、③権利行使期限が平成六年一一月であり、それまでに売却するか、権利を行使しないと価値がなくなることを説明し、さらに翌日、来店した明里に対し、丹念に説明したという。

なお、証人濱田は、右陳述書中の平成元年一二月六日に明里が来店したとの記載を電話による説明と訂正したほか、右陳述書と同旨を供述した。

(二) 証人明里及び同人作成に係る反論書(甲四2)によれば、明里は、平成元年一二月五日、濱田からワラントについて転換社債と同様のもので、元本が保証されていると説明されたが、権利行使期限等について何らの説明も受けず、翌六日に濱田と電話で会話したことはないという。

4  そこで検討すると、濱田が同月五日に明里に対し、ワラントについて転換社債と同様のもので、元本が保証されている旨述べ、権利行使期限等について何らの説明をしなかったとの証人明里の証言、翌六日にも濱田が明里に丹念に説明したという証人濱田の証言はいずれも直ちに措信できないが、濱田が明里に対し、ワラントについて、一応3(一)①ないし③のとおり説明したとの証人濱田の証言は採用することができる。

しかし、濱田と明里の双方とも、日本通運の株式がその後、単価二〇〇〇円程度まで上昇するとの期待を有しており、本件ワラントの時価もそれに連動して上昇するとの期待を有していたことから本件ワラントの売買に至ったこと(証人濱田)及び成約後に明里に交付されたパンフレット(乙九)の記載がワラントの魅力に力点を置いた記述であること(前記2(三)参照)からすると、濱田は、明里に本件ワラントの購入を勧めるに際し、ワラントのハイ・リスク性についてさほど重視せず、ハイ・リターン性をより強調したものと推認するのが相当である。そして、本件においては、ワラントについての説明が電話により行われ、口頭で成約を見た三日後にパンフレットが交付されていること、その内容も表題どおり、ワラントの「魅力」に力点を置いたものであることからすると、濱田としては、明里が原告の代理人として本件ワラントの購入を決意するより前にワラントの危険性についての十分な情報を提供せず、または理解させずに本件ワラントを購入させたものと認めるのが相当である(なお、このころ、原告が被告との証券取引を妻である明里に一任していたことは前述したとおりであるから、濱田がワラントについての説明を代理人である明里に対してしたこと自体は、違法とはいえない)。

そして、本件ワラントの購入の勧誘が被告の事業の執行過程でされたことは争いがない。

二  損害について

1  前記一で認定した事実経過に照らすと、濱田が明里に対し、ワラントの危険性等について十分な情報を提供していれば、明里が原告の計算による本件ワラントの購入を控えた可能性は大きいと見られる(原告はその後、被告からワラントを購入していないが、そのことは、濱田が説明義務を尽くしたからではなく、本件ワラントの購入が濱田の電話勧誘による突然のものであったと見るべきである)。

2  他方、原告側においても、ワラントという新しい証券取引を電話による勧誘と説明のみで開始しており、また、日本通運の株価及び本件ワラントの時価が低迷を続けた後の適切な時点で本件ワラントを売却していれば、本件ワラントが無価値となるのを避けられたはずである。そして、株価及びワラントの時価が本件ワラントの売買後低迷した直接の原因がいわゆるバブルの崩壊現象にあることは顕著な事実であり、その部分については、原告が自己の責任において負担すべきものである。これらを総合的に見ると、被告が原告に賠償すべき損害額(弁護士費用を除く)は、原告に生じた損失の二割である一三五万二八一二円と認めるのが相当であり、これに原告に生じた弁護士費用のうち、右の額の一割である一三万五二八一円を加算して賠償すべきである。なお、遅延損害金の起算日の平成七年一月二五日(訴状送達日の翌日)は不法行為後として正当である。

(裁判官太田幸夫)

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